地域づくりの転倒:北海道、白老の若者たちによる、アイヌの「おいしい、楽しい、かっこいい」の消費化の転倒

  • 2017.07.16 Sunday
  • 12:36

 

失われてから、価値がわかる。

その復回が、いろんな地域で試みられているが、アドバイザーに入っているいい加減なシンクタンクがーーかつての都市化のアドバイザーと全く同質の仕方で、今度は地域おこしだとデタラメで金を稼いでいるーー、伝統を商品化し、かつ地域に戻ってきた若者たちは「善意」でなし、ただの消費化、そして商品化が、復活だと思い込んでいる。そこへ迎合的につけ込んでいるアドバイザーたちだ。

アイヌ文化の衰滅は、数千年かけて、なされてきた。特に明治政府の近代統治による、弾圧的排除が教育の日本語を話せない子どもへの「名札」ぶら下げが典型であったが、琉球と共に、「ナショナル化」の画定のために徹底してなされた。

抑圧、弾圧がなされたことを認識せよと言っているのではない。

アイヌ文化を衰滅させる意図は、上っ面なものではなかったということ、ナショナル化への「善意」の背後に作用する強烈な「悪意」が作用して衰滅させられた、また、その番組に出演していたアイヌ出自の俳優が、毎日同じスープを食べさせられた、ハンバーグやカレーを食べたかった、嫌な思い出だった、と正直に語っていたが、バナキュラーな場所環境は、他所の消費的世界に比して魅力ではなかった、だから、内部からも崩壊、衰滅していったのだ。近代以前に排斥があったにせよ、近代における「生かす統治」の浸透は、悪意よりも善意が優先先行しての「最善の最悪」ケースになっているから、衰滅させられた。消費欲望への誘惑が、そこに拍車をかける。

そこを、「若者たち」は全く問わないで、「おいしい、楽しい、かっこいい」がアイヌにあるとし、またアイヌ模様を文化土壌から図柄として分離して商品化すれば、地域起こし、アイヌ復活がなされると、完全に「転倒」錯認している。さらに風化が、最後の決定打となっていくのを全く気づいていない。

主語制様式へ収奪された思考形態による、バナキューラー文化への典型的な対応の仕方であり、そうした類の転倒地域づくりが、あちこちでなされている。そうした「善意」など、衰滅させた「最善の悪意」の強烈な徹底した作用の数%の力にも及んでいない、復活しうるはずがない、一時の欲望で消費されて完全消滅するだけである。consuming placeしていることに、善意があればいいんだと、全く気づいていない。衰滅、破壊の軸は、「生かす善意」にあったのであって、悪意の微塵もない復活の善意など、何の基盤にもなりえない。(他方、抑圧だ搾取だなどの「反振る舞い」の左翼的運動など、もっと意味がない。)「きっかけ」でしかないことを強調している人がいたが、「きっかけ」の最初が転倒しているものに未来はない。

だが、アイヌ文化が、外部からまた内部から崩壊していこうが、自分の庭に薬草などを栽培して残していたり、料理や染織をかろうじて残滓させている、だがもはや自分たちを衰滅させた「洋服」を着てである。

その残滓は、ただ消費的な「いいもの」「かっこいいもの」があるなどでは復活しえない。よくて、博物館へ陳列され、消費的観光で消費されてしまうだけだ。

 

復活の基軸が、地盤になるには、

・アイヌ語の言語復活がなされること:ナショナルな標準語・国家語と等価にならねば力にならない。

・アイヌの<衣>が自発的に着られ作られること

・アイヌの「おいしい」食が、場所住民の日常の食の中に定着すること

・それらが、場所環境の、何らかの建築住居として、ハウジングの機能の中に配備されること

この言語基盤と衣食住の<場所作り>が、消費的商品生産ではなく、暮らしの「享楽」生存条件になること。

そうでない限り、場所起こしにはならない。

・「地域」を固有の「場所」に作り出すことだ。

 

規制条件が、創造条件に構成しえないようなことは、表層の単なる「善意」の消費活動でしかない。

自然との、アイヌの非分離の向かい方に、多くの知恵・技術がある、そこを場所住民が真摯に学び、またそれが消費生活よりも不便であろうと「快適」「幸せ」である現実を作り出さない限り、環境的な「利」になることが創出されない限り、その努力が、かつての衰滅化の力よりも大きくない限り、実際には復活などしない。

消費の再認は、そうしたことが、無駄なこと、利益のないことだと構造化している。だから、既存の消費様式の中に組み込めば、消えるものを残せると誤認する。

 

数年前、着物で、若者たちに「着る」活動をしていけるようにしようとしたが、彼らは消費行動しか発案しない、仲良しごっこの、善意の着物を着る遊びだ。遊びが悪いのではない、本物の遊びになりえていない、たかが数千円、高くて数万円のレンタルの、あるいは1着だけは所有しての、欲望消費だ。全くの消費行動しか考えつこうとしない。

それが生産条件になることは、二つ。

ー分たちで場所産地の着物職人たちと直接注文して、自分だけの着物を作ってもらいながら、その制作文化を学び感じ取り、そこから次の活動へと進んでいくこと。つまり、場所産地の復回に関与していくこと。

⊃討慮澱紊魎泙瓠古着の着物を2、3着貼り合わせて自分なりの着物を作り、それを縫ってくれる織子のネットワークを作ること。

この生産的消費の生産活動をなさない限り、路上で着物を着る集まりをなして消費し活動していて何になるというのか、と指摘したなら、そんなうるさいことに聞く耳など持たない、と「いやだ」と言うか、黙って通り過ぎようとする。

あまりにひどい状態なので、この会議場費など私がだしているんだぞ、と言った途端、こちらに善意的に媚びてくる。

こりゃ、いくらやってもダメだと放棄したが、主語制様式の消費行動にしか頭が廻らなくなっているのだ。自発性は消費的にしか表出しない。その構造化された再認は、あまりに強固であるゆえ、一体どうなっているんだ、と再認・誤認論を書くきっかけにもなった。

 

若者一般は、生産活動は「与えられた賃労働」仕事にしかないと思い込んでいる。「自分の主体活動」は、消費行動にしか自由がないと信じ込んでいる。述語制が、完全に収奪されて、思考しない思考の強固さは、認識する認識などより、はるかに強固な思考技術になっている。

+場所を見ない

+生産が自分で成しうることを喪失

+消費行動が現実であると思い込んでいる

この誤認は、溶けない。

丹後の織物若者たちは、それでネクタイなどを商品化する「転倒」である。商品化が復活になると、織の「資本」忘却である。

着物は「資本」なのだと、繰り返し続けるしかないのだが、商品化したから衰滅したのだ。着物業界総体のことであるが。着物をきたがっている人が増えているのに、着物業界は対応し得ていない、化繊にプリント柄の、一時着るだけのセット浴衣を売りつけるだけだ。これも、白老と同じ、きっかけだと誤認されているに過ぎない、着物文化・帯文化と何の関係もない。一番ひどいのは、女性のセット帯で、「帯を締める」文化技術を全く消滅させている。

日本人を洋服化してきた負の「国家資本」の力に抗しうる場所産地の復回をなさない限り、巨大な本質的日本の文化資本が消滅する。

 

だが、紙一重の転移である。

再認・誤認の構造が、強固すぎるだけのことだ。指針が、ないだけであるが、基本軸はもう出してある、それを彼らが知らないだけだ。その波及の段階に、こちらはある。その質を300という量にするだけだ。それが、核になる。

 

TVで伝統文化技術にそれなりに肉薄しているのは「和風総本家」ぐらいで、NHKの「美の壺」は上っ面でしかない。

今、日本の良さが、失われてしまったがゆえに、見直されつつはある。その時、私の「哲学する日本」ぐらいは了解していかないと活用のしようがない、初歩の基盤である。だが、「知ろうとしないこと」に対抗することではない。

 

 

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