またも「しないことがすることになる」日本の凋落:岸田の総裁選不出馬の現象

  • 2018.07.26 Thursday
  • 01:12

 

どんな状況でもいいのだが、国政のリーダーにおいても、経済やあのW杯と同様の「しないことがすることになる」現象の出来事が起きた。

岸田の総裁選不出馬である。ゴールと結果との混同である。

 

いかにも「客観的に」情況・情勢を読んで対処しているかのように見せているが、ただの自己利得で動いているだけで、日本の政治をどうしようなどは皆無、しかもお決まりのように「ゴール」と「結果」とを履き違えた、ゴール「放棄」である。しかも「結果」は向こうから贈り物のようにやってくると思い込んでいる。

当人は、次期があると思い込んでいるが、政治も「勝つ」ということが目的に設定されている「闘い」である、それを放棄しておいて、「次」など絶対にない、ということがこういう「日和見」にはわからないようだ。

今まで、自民党内で、そんな出来事は何度も見てきたであろうに。

岸田が、総裁になることは、これでもうなくなった。自らで放棄し、敗北したのだ。いや、首相になるような器ではないことを自分でさらけ出した。

 

「しないことがすることになる」というのは、実に、大学知が形成した社会的秩序保持の仕方である。

これは見えない権力作用の配備に服従することを意味する。支配への従属ではない、自ら順応するという権力「作用の関係」である。

 

すでにシニフィエされた既存のものがある、それを知識として再生産し保持することが、学問の真理存続になるという思い込み。(真理の権力作用へ従属する主体化)

それを裏付けるのは、自分が為すことではなく、他者から「認めてもらう」ようにすることにかかっていく。

受験で受かるように「認めてもらう」、それは相手側から出された試験へ合格することの蓄積で、自分で学習しているように見えるが、そうではない、相手に容認され、認可されるように振る舞い続けた結果である。

大学に「合格」で認めてもらい、そして次に「就職」で「認めてもらう」、その「認めてもらったこと」が自分の能力だと、思い込まされて行く。これは、ただ「賃労働者になるため」の処方でしかないのだが、実に転倒して構造化されて、根深い。

学者たちは、自らで研究費の獲得へ動こうとしない、ただ「認めてもらう」、他律容認されることにしかその能力を行使しない。研究成果さえそうなっているゆえ、大学教官へ就職が決まると思い込み、例えば海外で取得した質を放棄して、日本の低次元さへ合わせて行く。

 

大学の受験から卒業資格取得まで、「全て」他律から容認・認可されるための日々である。それだけの過程の日々である。

これは、自分がほんとにしたいことは我慢して、「せねばならない」ことへ従属してそれを所有することだ。

その集約が「しないことですることになる」自己技術を、その他律依存を身体化したことになる。

 

誰でも、自分が大事だ。

なのに、自分自身ではないことになることで、自分を守る形でしか、「社会」は容認しない。社会的代行者になってこそ「賃金」=給与をもらえる。それで生活「生存」できるためだ。

大学<教師>であることは、学術を深めるゴール形成ではなく、「賃労働者として」大学教師の社会的代行を務めることになっている。

文系、社会系など、無いに等しい年間10万円にも満たないわずかな研究費で、研究していると思い込んでいる。

だから研究書など書けない、それどころか年間に1本の論文も書けない、その結果、東大が世界で40位、他の大学などはるか下、という査定になっていく。

しかもそうした事態は、自分の問題なのに、他人の問題だとすり替えるのに大学知ほど長けているものはない、大学教師などはその権化だ。それを学生たちは毎日見ている、小中高の時の教師への接触の仕方と同じように、ただ学問だと似非気取ったスタイルの虚構として、もっと巧妙にしうるのだと。

大学反乱の時でさえ、闘った学生は1割もいない、あとは情勢任せで、賢く状況判断して生き延びた人たちがほとんどだ。いかにも自分はやったかのように、見ていたことを、やったかのようにうそぶいている。つまり、真の「敗北」ということを知らない。最善が最悪だ、という実際も知らない。失う恐れを、ただうまくやり過ごしただけだ。

 

大学に、研究者、学術者がいない、ただの「教える」ことで給与をもらう、賃労働者大学<教師>がほとんどだ。

存在基盤からして「研究」などできる環境では無い。だが、そこにあんのんとして、安楽しているから、意味も価値もない講義をこなして、学生へ迎合して、職を守っているだけだ。

国会議員も政治をするのではない、給与をもらっている「賃労働」政治家だ。

企業人もビジネスするのではない、与えられたノルマをこなす「賃労働者」であり、大企業社長も資本経営などできないただの高給取り「賃労働者」でしかない。

この「賃労働者」は、自らのしたいことをなすことに「恐れ」を抱いている。自分が自分であったなら、認められなくなるからだ。

非常に奇妙に、自分ではないことをなしえるほど、自己利益を確保できて、自分であることができる、と思い込まれたエゴになる。つまり、自分を守ることしか考えないことが、組織への寄与になる。

エゴとは、自分ではないことで自分であることだ。それを保証してくれるのは、一般的な規則・規範である、そこへ従属していればいい。無責任な、忍従の中の安楽である。

 

賃労働とは、本質的に<資本ー賃労働>の領有関係において、「資本喪失」された関係に配備される存在をいう。

自分の<資本>を放棄している。資本論がいうような「収奪されている」のではない、自分で資本放棄していく。

<資本>とは自分であることの力である。外在的な資金や資財のことではない。そういう誤認も、大学マルクス主義が一般化した知である。全て「奴らが悪い」といえば、客観的であるかのような効果だ、大学知の典型は暗黙のマルクス主義である。

 

「であることが、ではないことになってしまう」のが「逆生産性」であるのだが、その効果は「ではないことが、であることになる」という超逆生産となる。これが、「いま」だ。

 

さて、そんな人たちの集合体=大卒知集合体で、「しないことですることになる/できることになる」といった組織が、健全になるはずがない。

自分を殺した人たちの集合体で、ビジネスが、学術がなされるはずもない。

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