日大アメフト問題:やっとなされた、関東学生連盟の真っ当な対応

  • 2018.05.30 Wednesday
  • 11:54

 

やっと、この世間で、真っ当な物事の対応がなされた。

語られていない、意味の連鎖を、きちっと判断したからだ。

 

この間の、国会答弁、そして、内田監督・井上コーチの会見、などなどで、「言っていない」から、「事実ではない」という主体個人のシニフィエに事実を実定する仕方に、いい加減にせいと感じ、かつ追求する側、コメントする側のそこへの同一性にうんざりしていた。

それを、大学知の効果だと、指摘してきたが。

 

今回の関東学生連盟は、迅速に調査し、語られていないことの中に、意味連鎖の真実の連関を読み取り、しかるべき処分を実行した。

 

加害当事者は、できる限り真面目さないし真摯さを装って隠し続ける。

被害者は、何をされたか、してしまったか、十分に言明できない。

「意味するもの」とその連関は語られないで存在するからだ。

 

だから「意味の意味」を把捉しないと事実・真実などへたどり着かない。

森友、加計問題での、首相、官僚の答弁は、そこを逆手にとってのごまかしの正当化になる。

だが、野党たちの無能さ、TVコメンテーターたちの不能ぶりは、シニフィアンを把捉できなくなっている「大学知」の効果の現れであり続けてきた。

 

語られえていない意味の連鎖は、「言っていない=シニフィエされていない」ところに、意味されているものの<否認>、さらには否認していることを否認する次元、を読み解くのだから、読み解いた側に責任がくる、それを関東学生連盟が、きちっと負った。

国会での野党たちは、これを自分で負っていないで、大臣やめろと、実行もされない裁判やっているだけになる。

シニフィエ間の関係には、真実への意味作用など、最初から落下している、それをグダグダとシニフィエ探しで1年もやり続けている無能さが、負の大卒知性である。それが、文化的市場に蔓延している。

T Vでは、「真実の究明が求められます」と、他人事への真摯な対応のふりをして、目の前にある真実・事実の語られていない連関把捉をできず、判断を回避し続けている。

 

こうした、シニフィアンの連鎖を把捉しない、できない、無能・不能の「大学知」「大卒人」の効果には、ほんとにうんざりと怒りさえ感じ続けてきたが、

真っ当な作用が、やっと出て、本来の大学知性の残滓に、多くは納得したに違いない。

監督・コーチと選手の間にギャップなどない、と監督・コーチによっては語られていないシニフィアンの連鎖を見出し、つまり隠されている対象それ自体を浮き出させ、「嘘を言っている」と<判断・断定>し、その処分実行をしたのだ。真っ当な仕方である。

マスコミがいう、意見の相違などの判断は、主観関係であって、事実関係ではない、事実は語られていないシニフィアンの連鎖から遡及的に浮き出す。そこに「言っていない」の否認が出現するのは当たり前だ。それさえわからなくなっている大卒知性が、問題なのだ。

加害者=犠牲者の学生が、精一杯自分でシニフィアンしうる言明しきれないものをのこしながらも、公で表明したから、通道はひらけた。つまり自身が傷つくこと、損害を被ることを負ったからだ。

 

他方、現役部員たちの声明は、「いい子ちゃん」気取りの誠実さと善意を主張し、自己弁明している次元のものでしかない、「良き」大学知性の不能化した典型である。どうしようもなくなっている理不尽な大人たちに対して闘っていないのだ。「不甲斐ない」といい子反省しているだけだ。マスコミが、これほど騒いでいる、そこを使って真実を公にしていけば、日大の腐った管理世界へ楔を入れられるのに、「皆で黙っていようとしました」と、無言で、要するに自分たちを守っている。害を被るのを回避している。0Bたちが、顔を見せずに事実を断片的に語っている。

負に現出した監督・コーチと正に現出した現部員たち、同質の基盤にいるにすぎない。暗黙の共謀から出現した、その基盤を転じていない、監督・コーチを入れ替えるだけではすまないのに。コミュニケーション無き共謀を生み出した、日大体質そのもののシニフィアンを問うていない不能である。

加害した学生を迎え入れたい、アメフット界からいずれ許されたい、などと言っているが、そんな転倒したままの場所へ、真っ当なら彼は帰りはしない。

欠落は善意などで埋め合わせなどできないことをわかっていない。文面添削をしただけの代物である。闘いの回避である。いや、シニフィアンから見れば、間違った物事への闘いの拒絶・排除という、正統化の象徴暴力行使である。

理不尽さへの闘いを忘却した学生たち、そこでは、正しいことは抑圧にしか作用しない。自己技術にならない。

 

TVは、関東学生連盟が「シニフィエ」したことだけをそのまま、また、シニフィエが事実だとし始める。

 

動く現実は、語られていないところに存在するシニフィアンでしか動かない。

再生産の壁を打ち破るのはシニフィアン生産による対象の生産でしかない。対象が所与だなどという低次元大学知性で、現実は動かない。

近頃の若い学者たちの優等生の書物には、シニフィエ整理しか感じられない。そういう思考の指導から、学生が形成されている。既存の物事に従属できるが、現実を動かせない若者になるだけだ。ただ、真面目で従順な良い子たちに。社会現実世界に対して「自分ですること」に何もできない存在に・・・・・。

 

  • 0
    • -
    • -
    • -

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << August 2018 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recommend

    recommend

    国家と再認・誤認する私の日常
    国家と再認・誤認する私の日常 (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    ehescbool.comで定価購入できます

    recommend

    ブルデュー国家資本論
    ブルデュー国家資本論 (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    ehescbook.comで定価購入できます

    recommend

    吉本隆明と『共同幻想論』
    吉本隆明と『共同幻想論』 (JUGEMレビュー »)
    山本哲士
    共同幻想の統治制化として「共同幻想国家論」を構築

    recommend

    フーコー国家論
    フーコー国家論 (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    統治制化の国家配備を理論解読。
    直販は、ehescbook.comへ

    recommend

    思想を読む 世界を読む
    思想を読む 世界を読む (JUGEMレビュー »)
    吉本 隆明,山本 哲士
    吉本さんとの25年間の対話
    直販、ehescbook.comへ

    recommend

    高倉健 藤純子の任侠映画と日本情念
    高倉健 藤純子の任侠映画と日本情念 (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    もののふの文化史から「ごろつき」の憤怒と情愛。直販は、ehescbook.comへ

    recommend

    〈もの〉の日本心性 (哲学する日本II)
    〈もの〉の日本心性 (哲学する日本II) (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    触れえない「もの」を感知し技術化している日本文化。

    ehescbook.comで定価購入できます

    recommend

    国つ神論:古事記の逆立解読 (山本哲士の場所論 1)
    国つ神論:古事記の逆立解読 (山本哲士の場所論 1) (JUGEMレビュー »)
    山本 哲士
    古事記を国つ神=場所神から徹底解読。
    直販は、ehescbook.comへ

    recommend

    哲学する日本
    哲学する日本 (JUGEMレビュー »)
    山本哲士
    非分離・述語制・場所、非自己の日本原理。
    直販は、ehescbook.comへ

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM