3〜5月の、5回の公開講演をとりあえず終えて

  • 2017.05.25 Thursday
  • 12:46

5月24日、千代田区図書館での講演を終えて、3月から始まった、1つの区切りがついた。

3月のスポーツ社会学会の講演は、『スポーツ社会学研究』25巻1号に掲載されている。

4月7日の週刊読書人での講演は、『週刊読書人』5月12日号に掲載された。

4月15日の池袋ジュンク堂での講演は、YOUTUBEで録画公開している。

5月10日の東大ゼミでの講演は、いずれ彼らが他の講師たちとともに書籍化するという。

5月24日の千代田区民図書館での講演は、web intelligence universityで録画公開する予定だ。

晶文社の協力、支えには感謝です。

知らない人たちへの、講演は、正直、かなりの緊張を自らへ与えたが、どうにも私の悪い癖で、聴衆へサービス精神を出してしまうことと、かなり抑えはしたがアジテートがポツリと既存のはびこっているいい加減な学者・知識人たちへの批判として出てしまう。聴衆はそちらを読んでおり、わたしを読んでいないからだが、聴衆は、吉本さんには何かがあるとは感知している。

スポーツ社会学会を除いて、基本は吉本さんへの敬意を持っての奉仕的な仕方へ規制したが、自分の論理は補足的に提示はした。

東大ゼミは、学生たちがわたしの本を読んでいた故、質問が的確で鋭く、本質を外していない、爽やかな討議がなされて面白かった。

 

6回を通して、やはり、わたしがこだわっているのは、幻想が再認されていて、溶解はしえない、その根拠はどうなっているかにあることだと、改めて自分へ確認できたことだが、「別様の仕方」がありうるのだということのポジティブな提示が、どこの壁で遮断されるかの、感触的な確認であった様に思う。ただ、かつてと違って、こちらの言うことが、通じる回路は出来上がりつつあるのだろうという、時代の変化が来ていることだ、それは、同時に、わたしがもはや、さほど先をいっていない、むしろ、実際化・具現化の遂行の方へ役割がきているということにある様だ。資本、場所、述語制の具体化である。1999年時点で、すでに把捉していたことが、ようやく現実化の次元へいたって来ていることの確認はできた。

この一連の講演で、わたしは、自らの主体化の疎外的方向性がどうあるべきかを探ってもいたのだと言える。

主体化がもたらす欠如を、どこへ置いて行くことであるのかを、言説生産の場所をどこに置いて行くことであるのかを。

 

1昨夜、国家論補遺1として、『国家と再認・誤認する私の日常:ラカン理論の社会科学的活用』を書き上げ、共同幻想のシニフィアンの作用を、国家資本・国家言説・国家認識と統治性に配備して、溶解しない強固な再認構造の総体を明示したが、別の述語的な仕方が、そことはズレてなしうる閾を、あらためて示しえたと思う。物象化論の限界は突っ切れた。

これから先は、もし公開の場があるとしたなら、わたしの理論を真正面から語ることになると思うが、その公開への対応は慎重になるかと思う。真摯に考え、実行しようとする方たちのみになるかと思う。吉本本質論を読んでもいないところへ、出向く事は余程のことでない限りあるまい。

わたしは、そもそも大衆受けするタイプではない。

ただ、今回、公開でやってみて、微かではあるが、何か動きの様なものは感知できた。やはり、どんなに小さくとも世にはでなければならないのかとは、思うが、自分を出したところで、国家資本や幻想の壁の膠着化に跳ね返されるだけだ。そうではないことをなそうとするところへは対応はする。少数の方が力になる。

 

国家資本さえ崩壊させる、今の政治資本の低次元さが、凄まじい勢いで、解体へと突き進んでいく。

そこに巻き込まれない、可能条件だけは、確保していかねばならない。

既存の知を突き破る、その言説化は、まだ不十分だ。述語制日本語論と場所武士制だけは、言説生産として仕上げねばならない。はやく戻らねばならない。自分は早熟派であると思っていたが、どうも実際は晩年型であるようだ。40年抱えて来たことが、固有の論理にようやくなって来ている。

 

2020年、オリンピック後の崩壊は、あっという間にくる。日本が、日本文化自体を把捉して、その経済化、政治資本化をなしえていないからだ。文化なき経済資本は、もう破綻している、日々のごまかしで持ちこたえているに過ぎない。

スイスも、他の国際金融も破綻し始めている。18世紀以来の、利子産み資本は、もう終わっている。わたしのいう資本本来の「和み資本」が喪失されていることが大問題である。個々人は、「資本者」である(資本家capitalistではない、自らの力能を持った資本者capitarian)、賃労働者から脱皮しないとならない。

 

 

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